熊撃退の切り札・ベアドッグ。一方で飼い犬が襲われる事例が急増。歴史と習性から熊と犬の矛盾した関係を読み解く
「ベアドッグ」という言葉を耳にしたことはありますか?
熊の出没が増える中、熊対策の一つとして特別な訓練を受けた犬が活用される取り組みが注目されています。最近、私が熊に関するニュースや資料を読む中でもよく見かけるようになりました。
一方で、飼い犬が熊に襲われてしまったというニュースも報じられており、
「犬は熊を撃退できると言われる一方で、なぜ犬が襲われるのか?」という疑問が生まれます。
私は証券会社で7年勤務していた頃から、ニュースを多面的に理解することが好きで、この『矛盾』について、熊と犬、それぞれの習性や歴史を調べながら整理してみました。
本記事では次のことがわかります。

熊が犬を襲うニュースで何が起きているのか
なぜ熊は犬を襲うのか
犬は熊を撃退できるのか(報道されている事例の整理)
「ベアドッグ」とはどんな犬なのか
歴史から見る熊と犬の関係性
ニュースの背景を少し立ち止まって理解する際の一助になれば幸いです。
熊が犬を襲うニュースと、その理由とは
日本に生息する熊は、本州と四国のツキノワグマ、北海道のヒグマの2種類です。
どちらも雑食性で、季節によって木の実や植物などを主な食べ物としています。ヒグマは状況によってシカなどの動物を捕食することもありますが、どちらも基本的には大型動物を積極的に追う生き物ではありません。
それでも近年、飼い犬が熊に襲われたというニュースが相次いでいます。
ここでは、実際に報じられているニュースの整理と、
「なぜ犬が熊に襲われてしまうのか」について、熊の行動特性を踏まえて解説します。
「熊が犬を襲った」事例
秋田県
秋田県では近年、熊による飼い犬への被害が複数報じられています。
秋田市・下北手寒川(2025年11月)
飼い犬の鳴き声に気付いた住民が外を確認したところ、熊が犬に覆いかぶさっている様子が目撃されました。
飼い主が爆竹を取りに行き戻った際には、熊が犬小屋を引きずって移動していたとされ、その後の所在は分かっていません。(2025年11月25日時点)
(出典:FNN プライムオンライン 柴犬がクマに襲われ行方不明…連れ去られたか 犬小屋を引きずっていく様子を飼い主が目撃)
大館市(2025年10月)
飼い主が自宅敷地内で飼い犬を発見したところ、腹はへこみ内臓は全部食べられていた状態で見つかったと報道されています。
(出典:秋田魁新報 クマが愛犬襲撃…「家族」失った被害者 突然の別れにやるせなさと恐怖)
五城目町(2025年11月)
自宅敷地内の小屋で飼われていた犬が死亡しているのを飼い主が発見。熊にかまれたとみられる痕跡があり、現場周辺では熊のふんも確認されたとされています。
(出典:ABS秋田放送 小屋で飼育のラブラドールレトリバーが死んでいるのが見つかる クマに襲われたか)
福島県
福島県喜多方市(2025年9月)
飼い主の男性が犬の鳴き声に気付いて窓を開けたところ、体長約1.5メートルの熊が犬を襲っている様子が確認されました。男性は威嚇して追い払おうとしましたが、熊は窓付近に接近し、カーテンや網戸が破損したとされています。住民にけがはありませんでしたが、犬は残念ながら命を落としました。
宮城県
宮城県大崎市(2025年10月)
庭で飼われていた犬が体長約80センチの熊が出没し、飼われていた柴犬をくわえて藪の中へ移動したとされています。その後、熊と犬の所在は確認されていません。(2025年11月25日時点)
(出典:読売新聞オンライン 庭で飼っていた50cmの柴犬、クマがくわえ森に連れ去る…)
なぜ熊は犬を襲うのか
理由① 餌不足による熊の行動範囲の拡大
熊は単独で行動し、冬眠前にはエネルギーを蓄えるため大量の食べ物を探しながら広い範囲を移動します。1日の移動距離はおよそ1〜3km、年間では10〜700km²に及ぶとされています。
(出典:環境省:ツキノワグマ このエリアにはツキノワグマが暮らしています)
このブログでも熊の移動距離について解説しています。
熊の移動距離はどれくらい?1日の行動範囲に驚愕

近年、ドングリやブナなどの天然の餌が不作となる地域があり、その影響で熊の移動範囲が広がり、人里近くまで下りてくるケースが増えていると報じられています。こうした移動距離の拡大が熊が犬を襲うという被害につながっていると考えられています。
エサ不足については👇こちらの記事で解説しています。
熊のエサ不足が深刻化…原因は人間だった?

理由② アーバンベア(市街地に慣れたクマ)の増加
熊は本来、聴覚が優れており、周囲の音に敏感だといわれています。一般的には人の気配を察すると距離を取る行動が多いとされますが、学習能力が高い動物でもあり、環境によって行動が変わることがあります。
近年、人里でゴミの残飯や放置された果樹から簡単に餌を獲得できることで、「人の生活圏は危険ではない」と学習してしまう個体が確認されるケースが報じられています。こうした市街地に慣れた熊はアーバンベアと呼ばれ、繰り返し人里に出没する行動につながると指摘されています。
(出典:khb東日本放送 人間の集落に近づくアーバンベア その要因や対処法について専門家は)
このような状況下では、結果的に犬と熊が接近する場面が増え、被害につながることがあると考えられます。
このブログについてもアーバンベアについて解説しています。
アーバンベアとは?意味・原因・被害状況をわかりやすく解説

理由③ 警戒心が薄れた“問題個体”の存在
そもそも熊は非常に臆病な動物として知られています。ただし、個体数の増加に伴い、警戒心が薄い行動を見せる問題個体が確認されることがあります。
北海道では、1頭で55頭もの牛を襲い続けたヒグマ「OSO18(オソ18)」が話題になりました。長期間にわたって家畜を襲った例として注目され、NHKでも特集番組として取り上げられています。このように、本来の習性から外れた行動を示す個体が存在することが、被害につながる可能性として挙げられます。
(出典:NHKオンデマンド NHKスペシャル OSO18 “怪物ヒグマ”最期の謎)
犬が熊を撃退することは本当にあるのか
犬が熊に襲われた事例とその背景を整理してきましたが、ここでは反対に、犬が熊を撃退したと報じられているケースと、その要因として挙げられている点を紹介します。
実際に報告されている「犬がクマを追い払った」事例
秋田犬とフロアジャッキでクマを追い払った事例(2025年10月)
宮城県栗原市では、飼い主と秋田犬「テツ」が熊と遭遇した事例が報じられています。
テツの鳴き声に気付いた飼い主の高橋さんが外に出ると、体長約1メートルの熊が突進してきたため、いったん家の中に戻り通報。その後、負傷したテツを救うため再び外に出て、車用のフロアジャッキを手に熊へ威嚇しました。
熊は怯まず接近しましたが、高橋さんがジャッキで一撃を与えると、そのまま現場から離れたとされています。
最終的に高橋さんと家族にけがはなく、熊はその後姿を消しました。
(出典:朝日新聞 自宅にクマ、撃退一部始終 玄関先に1.3メートルほどの黒い塊、目が合って)
新潟県:散歩中に熊と遭遇し愛犬が追い払った事例(2025年5月)
新潟県では、永谷寺住職の吉原東玄さん(45)が愛犬チコちゃんと登山道を散歩中、体長約1.6メートルの熊と遭遇した事例が報じられています。逃げ場がない状況で熊が接近しましたが、チコちゃんが吠え続けながら立ち向かったことで、熊は山の奥へ退き、吉原さんは軽傷で済んだとされています。
(出典:TBS NEWS DIG 「もう終わったな」散歩中に1.6mほどのクマに襲われた45歳住職 救ったのは愛犬チコの“とっさの行動”)
犬が熊を撃退できた理由
犬が熊を追い払った事例については、いくつかの要因が影響した可能性が指摘されています。
ここでは、あくまで『可能性として考えられている理由』を、関連する事例や報道とあわせて整理します。
可能性① 里山で犬を警戒していた記憶が影響している可能性
熊は基本的に闘争を避ける傾向があるといわれています。かつて里山で野良犬が多く見られた時代には、犬が縄張りに入った熊を追い出そうと立ち向かい、2〜3頭の群れで行動することもあったため、熊にとって犬は面倒な存在だったと考えられています。
単独の犬は熊に敵いませんが、集団で追われれば熊自身が負傷するおそれがあるため、犬との接触を避けようとする個体がいたという指摘もあります。
一方、日本では1950年代以降に野良犬が大幅に減り、犬を警戒する経験を持たない熊や、母グマから犬との距離の取り方を教わっていない若い熊が増えているとも伝えられています。
(出典:AERA DIGITAL 「犬」に吠えられると一目散に逃げる「クマ」の心理 なぜ「野生のクマ」は「犬」にだけ弱いのか)
可能性② 熊は狼を警戒する?犬との関係性
狼は熊の天敵ではありませんが、狼の「匂い」や「存在」が熊に警戒心を与えるとされ、忌避対策として活用されることがあります。
そのため、狼と系統的につながりのある犬も、熊にとって警戒の対象になりやすいという見方があります。
また、狼の姿や鳴き声を模した獣害対策装置「モンスターウルフ」も開発されており、熊の出没防止策として活用が一定期待されています。
可能性③ 狩猟犬が持つ『熊を恐れない気質』
日本の里山におけるクマと犬の関係は、古くから狩猟文化と深く結びついています。
マタギ犬の歴史は縄文時代にまで遡るとされ、古代遺跡からは犬が狩猟に関わっていた痕跡も確認されています。
東北地方などで熊猟を行っていたマタギにとって、マタギ犬は不可欠な存在で、獲物の発見・追跡・「吠え止め」などの高度な役割を担ってきました。
秋田犬や北海道犬(アイヌ犬)などの日本犬は、マタギ犬の血統を受け継いでいるとされます。今回紹介した「テツ」や「チコ」も狩猟犬であり、熊に対して怯まず吠え立てる気質が、熊を追い払う要因として働いた可能性があります。
(出典:わんちゃんホンポ 熊犬(マタギ犬)とは?狩猟文化に根ざす歴史と代表的な犬種を紹介)
熊撃退に注目されるベアドッグ
ここからは熊撃退に注目されている『ベアドッグ』について解説します。
ベアドッグとは何か
ベアドッグの概念は、1990年代にアメリカのウィンドリバー・ベア・インスティテュート(Wind River Bear Institute:WRBI)によって確立されました。日本には2004年、長野県軽井沢町のNPO法人ピッキオが導入しています。
ベアドッグは単なる番犬ではなく、人と協働してクマを非致死的に追い払うために特別な訓練を受けた犬です。最大の役割は、人の生活圏に近づくことが「危険で不快だ」とクマに学習させることで、強い警戒心や忌避意識を植え付ける点にあります。
ベアドッグの訓練プログラム
ベアドッグの訓練には、クマを山へ戻すための体系的な威嚇・威圧行動が組み込まれており、追跡(チェイス)や樹上へ追い込む行動、尻への軽い「牙当て」なども計画的に実施されます。
ハンドラーは犬の群れのリーダーとして確かな信頼を得ることが求められ、犬と阿吽の呼吸で動ける「相棒」として関係を築いていきます。ベアドッグには、クマを冷静に牽制しながら場面に応じて適切に行動できる高度な社会性も必要とされます。
(出典:クラシコムしごとインタビュー 竪穴式住居で犬と暮らし、クマに思いをはせる。日本初のベアドッグハンドラー、田中純平。)
ベアドッグの犬種
ベアドッグに用いられる犬種は、オオカミ由来の特性を活かした原始的な犬種や改良犬が中心です。代表的なのがカレリアン・ベアドッグ(Karelian Bear Dog)で、強い警戒心と高い敏捷性を持つことから、クマ対策に適しているとされています。
近年では、ジャーマンシェパード(GSD)を基礎に改良した MSBD(マグナムシェパード・ベアドッグ)の活用も進んでいます。MSBDは嗅覚や聴覚が非常に鋭く、高い知能や記憶力を備え、クマに「人の生活圏は危険だ」と学習させる役割に適しているといわれます。
ベアドッグは攻撃性よりも、状況に応じて冷静に威嚇・牽制できる社会性が求められ、人や他の犬と協働しながら任務を行う能力が重要視されます。
よくある質問(FAQ)
Q1. 家庭犬でクマを撃退できますか?
A: 訓練なしでは推奨されません。本記事で紹介した撃退事例は、いずれも特殊な条件下での成功例です:
Q2. ベアドッグとはどんな犬ですか?
A. 特別な訓練を受け、人と協働してクマを非致死的に追い払う犬のことで、危険地域からクマを遠ざける「教育効果」を担います。日本では軽井沢のNPO法人ピッキオが導入しています。
Q3. ベアドッグは普通の犬と何が違うのですか?
A. 単なる番犬ではなく、威嚇・牽制・追跡(チェイス)など体系的な訓練を受け、状況判断や社会性が求められる点が大きく異なります。
Q4. ベアドッグはどんな犬種が使われていますか?
A. カレリアン・ベアドッグが代表で、近年はGSDを基礎に改良されたMSBD(マグナムシェパード・ベアドッグ)も活用されています。
Q5. 犬が熊を撃退した事例は本当にあるのですか?
A. 宮城県や新潟県などで、犬が吠える・立ち向かうなどして熊が退いた事例が報じられています。ただし、偶然的要素も大きく一般化はできません。
まとめ
この記事では、犬が熊に襲われるニュースの背景を整理するとともに、その一方で熊の撃退に期待されるベアドッグについても解説しました。
■本記事のポイント整理
✅ 犬が襲われる一方で撃退事例もある「矛盾」は、熊と犬の習性の違いから生まれる
熊は本来臆病だが、環境や個体差によって行動が大きく変化するため、
犬を襲う事例と撃退される事例の両方が発生している。
✅ 犬が襲われる背景には「餌不足」「アーバンベア」「問題個体」の3要因がある
餌の不作で人里に下りる熊が増加し、人間の生活圏に慣れたアーバンベアや警戒心の薄い個体が増えていることが接触の一因。
✅ 犬が熊を追い払うケースは“偶然”ではなく、理由となる行動特性が存在する
里山で犬の群れに追われた記憶、狼への警戒心、狩猟犬が持つ「熊を恐れない気質」などが撃退につながった可能性がある。
✅ 「ベアドッグ」は科学的訓練に基づくクマ対策犬で、人と協働して非致死的に追い払う
カレリアン・ベアドッグやMSBDなどが用いられ、威嚇・誘導などの体系的トレーニングでクマに“人里は危険”と学習させる役割を担う。
✅ クマと犬の関係は歴史的にも深く、狩猟文化の中で共存・対立の両面が存在してきた
縄文時代から犬は狩猟に使われ、マタギ犬として熊猟にも携わってきた。現代でもその気質が残る犬が熊との遭遇で役割を果たす場合がある。
近年は保護政策や環境変化により熊の個体数が増え、それに伴って飼い犬が襲われるなど、これまであまり見られなかった被害も報告されるようになりました。
一方で、熊に関する記事を書くようになってから、単に「減らす」「駆除する」だけでは生態系のバランスが崩れ、別の野生動物による被害や絶滅リスクにもつながることを学びました。
証券会社で働いていた頃に感じていた“需給のバランス”と同じように、野生動物の個体数も調整が難しく、単純に増減だけで語れるものではないと実感しています。
今回取り上げたベアドッグは、熊そのものを減らすのではなく、人里に近づけないよう「共生」を目指す取り組みであり、新しいアプローチの一つだと理解できました。
この記事が皆様のニュースを深く理解する一助になれば幸いです。
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免責事項
本記事は教養・知識提供を目的としています。実際のクマ対策や遭遇時の対応は、地域の自治体、警察、猟友会、環境省などの専門機関の指示に従ってください。個別の安全対策については専門家にご相談ください。



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